ブログを投稿して一年目 私は何をしたいのか

ブログを投稿してから一年が経過しました。

当初は何か不適切な発言を書くと、ブログが炎上するのではないだろうか?

様々な心配がありましたが、炎上どころか、全く見に来てもらえないのが現実だとブログを始めてすぐに気がつきました。

世間ではコンビニの冷蔵庫に入って涼んでいる画像が拡散して炎上していたりと、お騒がせな人たちがテレビのお茶の間を賑わしていたようです。

しかし誰かのブログに書いてあったのですが、炎上を起こそうと思っても全く起きる気配がないという炎上目的で記事を書いていた人がいました。

それだけ苦労をしても、たくさんの人の目に留まるのは本当に難しい事の現れだと思います。

しかも真面目な記事や文化的な記事というのは、どちらかというと世間一般が求めている刺激が少なく、ごく限られた人に限定されるようです。

実を言うと、あまり訪問者が少ないということは、より大胆に自分の気持ちをブログに書くことにためらいがなくなりました。

これが毎日1万人訪問者があったら、緊張してキーボードを叩く手が震えるのではないだろうかと思います。

あいにく私の手は震えない程度に訪問者があり、画像を豊富に投稿する事にも積極的になる事が出来ました。

画像が著作権で護られているのでコピーはしないでください、という注意書きを書いていらっしゃる方もいますが、無名の頃はどんどん無料で公開するべきだと私は考えています。

もし無名の人間が著作権を盾にして、消極的な行動になると誰も相手にしてもらえないように思えます。

話が変わりますが、私は仏像を彫っていますがネットに情報や画像をアップするのは一流の職人さんから言わせると下手な人間がする事だと思われているところがあります。

上手な人ほどネットに消極的になるのはわからないでもないです。

しかし、世界中の人々に日本の伝統技術はこんなものなのかと思われるのも少し歯がゆい気持ちにもなります。

私は、以前エルメスの素晴らしさを記事に書いた事がありましたが、中国清朝の五代雍正帝、六代乾隆帝の最高峰に達した文化レベルに魅了されたり、朝鮮では高麗青磁、李朝の器を求めた頃が懐かしく感じています。

文化でお互いが尊重し合い、お互いの美意識の違いに刺激されることで憎しみ合うことが馬鹿げていると思えるような、人の心を動かす仏像が制作できたらどれだけ幸せだろうか。

少し大きな事を書いてしまいましたが、お互いが憎しみ合う記事を目にすると、いてもたってもいられなくなりました。

しかし私が中国や韓国に対して良い印象があるのは、その国の美意識に魅せられたのは言うまでもありません。

小さな無名の造佛工より

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