お釈迦様の下図


ずいぶん前のお釈迦様の下絵ですが、お釈迦様だけに限らず仏像の基本的な木取りの寸法の考え方です。

まずは髪の生え際の部分が額口といいますが、そこまでの高さを五つに分割します。

すると最大幅である膝の幅が額口までの高さと同じ五つ分になり足裏までの(厚み)高さが一つ分になります。

顔の幅は一つ半になり奥行きもほぼ同じですが髪の毛の分、少し多くとります。

胸の幅は二つ分になります。

胴体の厚みも二つ分になります。

目の高さが額口から半下がった所になり、口の高さは額口から一つ下がった所になります。

そういう感じで額口を基準に主だった箇所をを計測しています。

話は変わりますが、原始仏教を研究された中村元先生の『ブッダのことば・スッタニパータ』という本を思い出します。

古代インド語であるパーリ語を研究し、それを元にお釈迦様のことばを日本語に翻訳しわかりやすく本にまとめたものです。

私は会ったことはありませんがご本人の言葉や文章などからとても温厚な暖かい人柄を感じる先生です。

この本を読んでしまうと仏像を制作する意欲をもしかしたらなくすのではないだろうかと感じることがあります。

それはあまりにも素晴らしい内容なのですが、仏像という偶像崇拝をお釈迦様はあまり快く思ってはいないのだろうなって思ってしまうからです。

実は私自身20代の中頃に制作することに対する考え方の方向が一瞬わからなくなってしまった事があるからです。

人が生きるという事は様々な苦しみがつきまといますが、人生の苦しみの根源を追求し悟られたお釈迦様は人々を苦しみから救ってこられました。

偶像崇拝の事は一切言われていません。

ですので、原点であるお釈迦様の事を考えると、この下絵のように寸法を考える事自体に意味を見出せなくなるからです。

それに、仏像を作れるからといって優れた人格者である事もないからです。

私のような遊び人がお釈迦様のような崇高なものを技術だけで表現して、皆様から賞賛を受けるとあたかも自分が人格者であるかのような錯覚を起こしてしまうからです。

現実にはただ立体表現が人よりも少し上手いだけの事なんです。

しかし私なりにこう考えて今は落ち着いています。

このただ立体表現が上手いだけの私は、作るということで人に楽しんだり喜んでもらったり最終的には崇高な気持ちになってもらったりできたら嬉しいなって思います。

お釈迦様のようなことはできませんが、作ったり木彫りを教えたりする事で、多くの人々に幸せな気持ちになっていただけたらそれが今は一番の本望ですね。

ですので皆が楽しいと思えるような木彫りを模索して行きたいですね
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