真宗山元派證誠寺

證誠寺 (鯖江市)
(真宗山元派證誠寺 (鯖江市)

證誠寺(しょうじょうじ)は、福井県鯖江市にある寺院で真宗山元派本山。山号は山元山。護念院とも称する。
沿革
至徳2年(1385年)に親鸞の長男善鸞の系統で真宗三門徒派の開祖である如道の門人道性が越前国山本荘(現在の鯖江市内)に創建した。ところが師の没後、後継者である次男が浄土宗に改宗したために内紛(大町・横越引分)が勃発し、これを機に独立した。
文明7年(1475年)に現在地に移転。だが、弱小宗派寺院であり、毫摂寺(真宗出雲路派)や本願寺の傘下に入った時期もある。
更に江戸時代には天台宗聖護院の末寺となり、本山としての体裁も失ったため、浄土真宗各派中最小宗派に転落した。
明治時代に一時浄土真宗本願寺派に統合されたが、明治11年(1878年)に山元派として再独立した。
昭和23年(1948年)で火災で焼失したが、その後再建されて現在に至る。から転送)
證誠寺(しょうじょうじ)は、福井県鯖江市にある寺院で真宗山元派本山。山号は山元山。護念院とも称する。

沿革
至徳2年(1385年)に親鸞の長男善鸞の系統で真宗三門徒派の開祖である如道の門人道性が越前国山本荘(現在の鯖江市内)に創建した。ところが師の没後、後継者である次男が浄土宗に改宗したために内紛(大町・横越引分)が勃発し、これを機に独立した。
文明7年(1475年)に現在地に移転。だが、弱小宗派寺院であり、毫摂寺(真宗出雲路派)や本願寺の傘下に入った時期もある。
更に江戸時代には天台宗聖護院の末寺となり、本山としての体裁も失ったため、浄土真宗各派中最小宗派に転落した。
明治時代に一時浄土真宗本願寺派に統合されたが、明治11年(1878年)に山元派として再独立した。
昭和23年(1948年)で火災で焼失したが、その後再建されて現在に至る。

参照Wikipedia


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。