4  須菩提(しゅぼだい)

須菩提(しゅぼだい、スブーティ、サンスクリット:सुभूति Subhuuti)は、釈迦十大弟子の一人である。解空第一。また無諍第一、被供養第一とも称される。

出身
彼の身辺や出身には諸説あるが、一般的にはコーサラ国のシュラーヴァスティー(舎衛城)の長者、須達多長者の弟である須摩那(シュマナ、鳩留と漢訳)の子で商人といわれる。幼名また別名は舜若多(シュニャータ、空生と漢訳)というが、彼が誕生した時に家中の倉庫や箱、器皿などが悉く虚無となったからであるという。
彼の出身には他に、天須菩提といって五百世の間に天に生じて殊妙の果報を得て、宿習の然らしむる所、出家後も衣食の善美を好んで、ついにこれに由って道を証した(増一阿含経3、雑談集3)という説などもある。

経歴
須菩提は、叔父の須達多長者による祇園精舎が完成して奉献する記念の日に、釈迦の説法を聞き出家した。
彼は諸法皆空に真解悟入した第一人者といわれ、『金剛般若経』などの各般若経典では、釈迦の対機説法の相手としてよく登場する。
須菩提はもとは粗暴で短気な性格だったともいわれるが、後に外道から非難や中傷・迫害を受けても決して言い争うことなく円満柔和を心がけたといわれ、このため弟子中で無諍第一といわれ、また多くの人々から尊敬せられ限りなく供養を受けたので被供養第一ともいわれている。
ある時、須菩提がマガダ国の王舎城(ラージャグリハ)に遊行し、国王の頻婆娑羅(ビンビサーラ)は彼のために小屋をつくって寄進した。しかし手違いで小屋には屋根が葺かれていなかったのだが、須菩提は文句も言わずにそこに在所した。しかし天が須菩提の有徳を尊敬して長きにわたり雨を降らせなかった事から、王舎城の農民たちが困り、須菩提の小屋に屋根がないのが原因だとわかるや否や、農民の訴えにより頻婆娑羅王はがその小屋に屋根を葺いた所、すぐに雨が降り始めたという。

参照Wikipedia

下の画像は現在の木彫曼荼羅の進行状態です。

 

 

両界曼荼羅

mandara zentai

 左 金剛界八十一尊曼荼羅 

 右 大悲胎蔵生大曼荼羅

 

動画

 

 

 

金剛界八十一尊曼荼羅と大悲胎蔵生曼荼羅の制作

 

私が曼荼羅の事を意識したのは、私の先生が曼荼羅を納める

所を間近でみてきたことが一番大きい。

 

近い距離で曼荼羅を見ると想像以上に、見応えがあります。

宗教心はおそらく関係ない、そして知識も関係ない、ただその

場で見せてもらうだけで、あまりの高貴さと迫力に圧倒されて

しまいます。

 

まず最初に仏様の数にびっくりしました。

 

尊像数

金剛界八十一曼荼羅 81体 胎蔵界曼荼羅

412体 合計493体

 

わたしがこれから開始する浮き彫りの曼荼羅はあまりする人が

いません

非常に長い長い 道のりの彫刻になることは間違いがありません。

 

作業年数でいえば5年ぐらいみておかなければいけない、人に言

ってしま えばやめるにやめれない、きっと出来上がったら魅力的

な彫刻だろうと は思う、やはり人と同じものを作っていてもあま

り、刀が乗らない。

 

私は精神論はできるだけ控えて作業に取りかかりたいと考えてい

ます。

そういうことで少し物足りないこともあるかもしれません。

れから始まる長い長い道のり、今から取り組む作業は仕事では

ないの でもしかしたら私がその前にギブアップするかもしれませ

んが。(>_<)

 

一日に一体、彫ることが難しいので最短でも2年以上はかかると考

えてい ますので、4〜5年ぐらいかなと考えております。

れだけ意気揚々と曼荼羅を浮き彫りで彫ると書いては見たものの

、実 は曼荼羅の事を詳しく知っているわけでもなく、制作しながら

一尊一尊 を確認しての取り組みになります。

では、早速取り掛かります。

 合掌

1. 木彫曼荼羅の開始

2. 曼荼羅の方位

3. 曼荼羅一尊の彫刻の彫進め方

4. 曼荼羅の仮づけ

5. 曼荼羅と善無畏