15  世親

世親(せしん、वसुबन्भु vasubandhu)は、古代インド仏教瑜伽行唯識学派の僧である。世親はサンスクリット名である「ヴァスバンドゥ」の訳名であり、玄奘訳以降定着した。それより前には「天親」(てんじん)と訳されることが多い。「婆薮般豆」、「婆薮般頭」と音写することもある。
唯識思想を大成し、後の仏教において大きな潮流となった。また、多くの重要な著作を著し、地論宗・摂論宗・法相宗・浄土教をはじめ、東アジア仏教の形成に大きな影響を与えた。浄土真宗では七高僧の第二祖とされ「天親菩薩」と尊称される。

生涯
世親の伝記については、真諦訳『婆薮槃豆法師伝』、玄奘『大唐西域記』やその弟子・基の伝える伝承、ターラナータ『仏教史』中の伝記などがある。
『婆薮槃豆法師伝』によれば、世親は仏滅後900年にプルシャプラ(現在のパキスタン・ペシャーワル)で生まれた。三人兄弟の次男で、実兄は無著(アサンガ)、実弟は説一切有部のヴィリンチヴァッサ(比隣持跋婆)。兄弟全員が世親(ヴァスバンドゥ)という名前であるが、兄は無著、弟は比隣持跋婆という別名で呼ばれるため、「世親」という名は専ら本項目で説明する次男のことを指す。
初め部派仏教の説一切有部で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによって大乗仏教に転向した。無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。
世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗(唯識派)へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる『阿毘達磨倶舎論』に伝える経量部説が、『瑜伽師地論』にトレースできることから、「ヴァスバンドゥの有部での得度まで否定する必要はないにせよ、彼は最初から瑜伽行派の学匠であったと仮定するほうが、はるかに合理的ではないか」[1]という意見も出されている。

著作
以下のリストは網羅的なものではない。
近年、松田和信らの研究によって、『倶舎論』→『釈軌論』→『大乗成業論』→『縁起経釈論』→『唯識二十論』 →『唯識三十頌』という著作の順番が確定しつつある[2]。

説一切有部系の著作
『勝義七十論』(『七十真実論』『勝義七十論』『第一義諦論』とも) – 各種伝記中に書名が見えるが現存せず。敦煌文献中に『真実論』として引かれる逸文が関係するか[3]。
『雑阿毘曇心論』に対する註釈書 – 漢訳『雑阿毘曇心論』中に「和修槃頭(ヴァスバンドゥ?)」の著作という伝承。
『阿毘達磨倶舎論』(Abhidharmakośabhāṣya)
経典の注釈[編集]
『縁起初分分別経論』(縁起論・縁起経釈・Pratītiyasamutpāda-vyākhyā)
『金剛般若波羅蜜経論』 – 義浄訳では無著造頌・世親釈とする。
『妙法蓮華経憂波提舎』(法華論)
『十地経論』
『無量寿経優婆提舎願生偈』(浄土論・往生論) – 後に曇鸞が、『浄土論註』を撰述し、本書を再註釈する。日本の浄土教において、もっとも重要な論書とされる。
『文殊師利菩薩問菩提経論』
『勝思惟梵天所問経論』
『宝髻経四法憂波提舎』
『転法輪経憂波提舎』
『三具足経憂波提舎』
『金剛般若論』 – 漢訳では無著造とするが、チベット訳では世親造とする。
『六門陀羅尼経論』
『大乗四法経釈』
『仏随念広註』
『発菩提心経論』 – フラウヴァルナーは古師ヴァスバンドゥの著作とするが、中国撰述である可能性が高い 。
『涅槃論』 – 中国撰述である可能性が高いとされる。
『涅槃経本有今無偈論』 – 中国撰述である可能性が高いとされる。
『遺教経論』 – 中国撰述である可能性が高いとされる。
『菩提心憂波提舎』 – 『宝髻経四法憂波提舎』等に書名が見える。鳩摩羅什訳『発菩提心経論』とは異なる。
その他、『婆藪槃豆法師伝』・ターラナータ『仏教史』には、『大乗涅槃経』『般若経』『維摩経』『勝鬘経』『五印経』に対する註釈書があったとされる。
また、チベット訳でのみ伝えられる『聖十万頌二万五千頌一万八千頌般若波羅蜜多広註』『聖無尽意所説経広註』『聖普賢行願讃広註』は、世親より後の人の作と考えられている。
大乗論書に対する注釈[編集]
『摂大乗論釈』(Mahāyānasaṃgraha-bhāṣya) – 無著『摂大乗論』に対する注釈。
『大乗荘厳経論(Mahāyānasūtrālaṃkāravyākhyā) – 弥勒の頌に対する注釈。漢訳は無著造とする。
『中辺分別論』(弁中辺論・Madhyāntavibhāga-bhāṣya) – 弥勒の頌に対する注釈。
『六門教授習定論』 – 無著の頌に対する注釈。
『法法性分別論』(Dharmadharmatā-vibhaṇga-vṛtti) – 弥勒の著作に対する注釈。
『順中論義入大般若波羅蜜経初品法門』 – 漢訳は無著菩薩作とするが、吉蔵『中論序疏』の伝承では天親(世親)作。大竹晋は世親作とする。
その他、漢訳『中論』では「龍樹菩薩造・梵志青目釈」となっているが、僧祐『薩婆多師資伝』(逸文)の伝承では、青目を世親とする。また、『百論』では「提婆菩薩造 婆藪開士釈」となっているが、同様に僧祐『薩婆多師資伝』では婆藪開士を世親とする。

唯識系の論書
『唯識三十頌』(Triṃśikā-vijñaptimātratāsiddhi) – 後に多くの論師によって注釈書が作られ、唯識の基本的論書となる。
『唯識二十論』(Viṃśatikā-vijñaptimātratāsiddhi)
『大乗成業論』(業成就論・Karmasiddhi)
『大乗五蘊論』(Pañcaskandhaka)
『三性論』(Trisvabhāva[-nirdeśa])
『大乗百法明門論』 – 偽作の疑い。
『仏性論』 – 偽作の疑い。

論理学関連
『如実論』(Tarkaśāstra) – 漢訳(『如実論 反質難品』)は部分訳か。
『論軌』(Vādavidhi)
『論式』(Vādavidhāna)
『論心』
その他[編集]
『釈軌論』(Vyākhyā-yukti) – 経典解釈の方法を説く。
『止観門論頌』 – 不浄観などを説く。
Gāthāsaṃgraha – 寓話集的なもの。
Śīlaparikathā

世親二人説
世親の生存年代については、仏滅後900年、1000年、1100年など、複数の伝承が存在した。また、ヤショーミトラによる『倶舎論』の注釈書や普光『倶舎論記』において、『倶舎論』の著者とは別の古師ヴァスバンドゥ(古世親、vṛddhācārya-vasubandhu)についての言及があることが、指摘されていた。
これらをふまえフラウヴァルナーが、ヴァスバンドゥには古師と新師の2人がいる、という説を唱えた[4]。フラウヴァルナーは、僧肇『法華翻経後記』などに見える鳩摩羅什の伝承に基づき、古師ヴァスバンドゥを4世紀前半の人とし、『中辺分別論』『大乗荘厳経論』『摂大乗論釈』、大乗経典に対する註釈書などを古師ヴァスバンドゥの著作とする。一方、新師ヴァスバンドゥを、仏滅後1000年または1100年=5世紀の人とし、『倶舎論』『唯識二十論』『唯識三十頌』『論軌』『論式』『論心』などの作者とした。
しかし、古師ヴァスバンドゥと新師ヴァスバンドゥの著作間の共通箇所が次々と指摘され、フラウヴァルナーが用いた史料の信頼性にも疑問が呈されたことから、現在では否定的に考えられている。

参照Wikipedia

下の画像は現在の木彫曼荼羅の進行状態です。

 

 

両界曼荼羅

mandara zentai

 左 金剛界八十一尊曼荼羅 

 右 大悲胎蔵生大曼荼羅

 

動画

 

 

 

金剛界八十一尊曼荼羅と大悲胎蔵生曼荼羅の制作

 

私が曼荼羅の事を意識したのは、私の先生が曼荼羅を納める

所を間近でみてきたことが一番大きい。

 

近い距離で曼荼羅を見ると想像以上に、見応えがあります。

宗教心はおそらく関係ない、そして知識も関係ない、ただその

場で見せてもらうだけで、あまりの高貴さと迫力に圧倒されて

しまいます。

 

まず最初に仏様の数にびっくりしました。

 

尊像数

金剛界八十一曼荼羅 81体 胎蔵界曼荼羅

412体 合計493体

 

わたしがこれから開始する浮き彫りの曼荼羅はあまりする人が

いません

非常に長い長い 道のりの彫刻になることは間違いがありません。

 

作業年数でいえば5年ぐらいみておかなければいけない、人に言

ってしま えばやめるにやめれない、きっと出来上がったら魅力的

な彫刻だろうと は思う、やはり人と同じものを作っていてもあま

り、刀が乗らない。

 

私は精神論はできるだけ控えて作業に取りかかりたいと考えてい

ます。

そういうことで少し物足りないこともあるかもしれません。

れから始まる長い長い道のり、今から取り組む作業は仕事では

ないの でもしかしたら私がその前にギブアップするかもしれませ

んが。(>_<)

 

一日に一体、彫ることが難しいので最短でも2年以上はかかると考

えてい ますので、4〜5年ぐらいかなと考えております。

れだけ意気揚々と曼荼羅を浮き彫りで彫ると書いては見たものの

、実 は曼荼羅の事を詳しく知っているわけでもなく、制作しながら

一尊一尊 を確認しての取り組みになります。

では、早速取り掛かります。

 合掌

1. 木彫曼荼羅の開始

2. 曼荼羅の方位

3. 曼荼羅一尊の彫刻の彫進め方

4. 曼荼羅の仮づけ

5. 曼荼羅と善無畏