金剛界 53  月光菩薩尊像

 

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月光菩薩尊像(梵名:Candraprabhaチャンドラプラバ)

この菩薩さまは月光菩薩(がっこうぼさつ)です。

この尊像は闇を照らす煌々と輝く月の光のように無知

の暗闇を破る尊像です。

月そのものよりも月の光を尊各化したものです。

日光菩薩とともに薬師如来の脇侍となっています。

密号では清涼と呼ばれ、清涼は月光は無熱であるとこ

ろから、煩悩の炎を滅した清涼な境地を表しています。

合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

kongoukai 53-1

 

 

 

 

金剛界 28 金剛歌菩薩尊像

kongoukai 28-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金剛歌菩薩尊像(梵名:Vajragitaヴァジュラギーター)

 

この菩薩さまは金剛歌菩薩(こんごうかぼさつ)です。

天女の姿で箜篌(クゴ)を使って奏でています。

この尊像は、大日如来が無量寿如来を供養するため

に出生しました。

無量寿如来は説法の徳を司ることから、大日如来はこ

れを讃えて説法の妙なる響きを歌詠に託して表示した

ものであります。

箜篌を持ち曲を奏でる金剛歌菩薩をもって象徴します。

箜篌はインドや西域地方の楽器で、日本には百済から

伝わったとされ、和名ではク太良古止(くだらこと)

とも呼ばれています。

合掌

 

 

kongoukai 28-2

 

 

金剛界 19 金剛因菩薩尊像

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金剛因菩薩尊像 (梵名:Vajrahetu ヴァジュラへ―トゥ)

この菩薩さまは、金剛因菩薩(こんごういんぼさつ)です。

左手は、金剛拳にして、腰におきます。

右手は法輪を胸前にかざします。

金剛因菩薩は、無量寿如来(阿弥陀如来)の北方(曼荼羅

では、向かって右)に佇んでおられます。

尊名は金剛なる菩薩の因を具えた菩薩という意味です。

仏陀の智慧である菩提は、釈尊の成道の場面に擬せられて、

菩提樹下のいわゆる菩提道場で獲得される。

菩提道場での三昧の境地が因となり、その境地で菩提を獲

得するや、即座に説法へと向かういます。

この菩提の獲得の過程が、この尊によってイメージされて

います。

右手で持っている法輪は元来、古代インドでは武器の一種

でありました。

仏陀の説法は魔を退治し、煩悩を調伏するの武器に喩えら

れました。

合掌

 

 

 

kongoukai 19-2

 

 

金剛界 44 滅悪趣菩薩尊像

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滅悪趣菩薩尊像(梵名:Sarvapayajahaサルヴァ―パヤジャハ)

この菩薩さまは滅悪趣菩薩(めつあくしゅぼさつ)です。

左手は臍の前に手のひらを上にしておきます。

右手には蓮の華を持っていますが、蓮の上にはお経が乗せ

てあります。

三悪趣という地獄、餓鬼、畜生を滅ぼし衆生を救い取る誓

願をこの蓮の上のお経で表現されています。

合掌

 

kongoukai 44-2

 

 

 

金剛界 43 不空見菩薩尊像

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不空見菩薩尊像(梵名:Amoghadarsin アモーガダルシン)

この菩薩さまは不空見菩薩(ふくうけんぼさつ)です。

左手を臍の前に置き右手で持った蓮を支えます。

右手で持った蓮の上には独鈷杵があります。

不空見というのは決して見逃さないという意味がある

ようで、仏眼を開いて普く衆生を観察する菩薩である

とされています。

仏眼とは五眼(肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼)のこ

とです。

肉眼とは肉身に具えた眼。

天眼とは天人の眼。

慧眼とは声聞縁覚が空を悟る智慧。

法眼とは菩薩が衆生済度のために一切の法門を悟る智

慧。

これら四つをすべてそなえているのを仏眼

と呼びます。

合掌

 

 

kongoukai 43-2

 

 

 

 

 

 

金剛界 15 金剛笑菩薩尊像

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金剛笑菩薩尊像(インドの古い言葉:Vajrahasa ヴァジュラハーサ)

 

この菩薩さまは金剛笑菩薩(こんごうしょうぼさつ)です。

両手を耳の側に挙げて、金剛拳にして耳の背を押さえる勢にする。

宝生如来の四親近のうちの一尊で、宝生如来の南(図では左)に坐ります。

金剛幢菩薩尊像の布施波羅蜜の行願いが円満し、普く衆生を救済し、あらゆることが成就したことを大いに喜び微笑するのがこの尊像の働きです。

この尊像は衆生を救う一切如来の希有な出現に対する毘盧遮那如来の誓願でもあります。

そして、それは金剛薩埵の三摩地の喜びの境地でもあり、この喜びの笑いが一切の衆生に安楽と利益をもたらします。

合掌

 

konngou 15-2

金剛界51 賢護菩薩尊像

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賢護菩薩尊像(インドの古い言葉:Bhadrapalaバドラパーラ)

この菩薩さまは賢護菩薩(げんごぼさつ)です。

賢劫千仏の一つで、梵本によればその名を甘露光(Amrtaprabhaアムリタプラパ)とします。

甘露とは不死の妙薬のことで、この尊像は無量の寿命を与えるものといわれております。

無量光では光に、甘露光には甘露にその比重が置かれ、全く別の尊格となります。

合掌

kongoukai 51-2

金剛界 71 火天

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火天(インドの古い言葉:Agni アグニ)

この尊像は火天(かてん)です。

右手は胸前で三角形のものを持っていますが、これは三角火炎といい炎です、その三角火炎を執り、左手は肩先で拳にし、人差し指を天に向けます。

外金剛部の二十天の一つで、西北に位置します。

お姿に違いがありますが、火天は老人であるとも青年であるともいわれております。

私が参考にしているのは老人のお姿のものですが、老人とは聖なる祭火として火檀に古代からまつられてきたからであるとされ、青年とは毎朝の火檀に灯されるので若々しいようです。

三角火炎は燃えあがる火炎でありますが、煩悩を焼き尽くす智慧を意味しているようです。

 

合掌

kongoukai 71-2

 

金剛界14 金剛幢菩薩尊像

金剛幢菩薩(インドの古い言葉Vajraketu ヴァジュラケート)

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この菩薩さまは金剛幢菩薩(こんごうどうぼさつ)です。

両手には如意幢を持ちます。

宝生如来の円内のグループで西側、彫刻では上側に佇んでいます。

宝生如来の施与の働きをあらわしています。

宝生如来が右手を与願の印にしていますが、その本誓をこの尊は如意幢幡で象徴しています。

この如意幢幡とは、芋頭に如意宝珠を載せて幢幡を吹き流したものであるようです。

また地蔵菩薩と同体とされていて、胎蔵界曼荼羅の地蔵菩薩もこの尊と同じ如意幢幡を左手に持っています。

供養会の真言ではサンスクリットでチンターマニドヴァジャといいますがこのドヴァジャが幢幡という意味であるようです。

しかしサンスクリットはヴァジュラケートのケートです。

ドバジャとは種々の色のついた布で飾った旗を指していてケートもほぼ同じ意味として使われているようですが更に目印を加えたものであるようです。

目印とは亀・龍・鳥・獣などを目印にしたようなものですがドバジャとケートは意味が似通っているので通用された名称であるようです。

合掌

 

kongoukai14-2

 

 

金剛界13 金剛光菩薩

金剛光菩薩 (インドの古い言葉 Vajrateja ヴァジュラテージャ)

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今回ご紹介する菩薩さまは金剛光菩薩(こんごうこうぼさつ)です。

左手は拳にして腿(もも)におきます。

右手には日輪を持ちます。。

宝生如来の円内のグループのうちの一尊で宝生如来の東側、彫刻では下の位置になります。

宝生如来が持つ宝珠の輝きを身体としますが、このことを手に持っている日輪で表現しています。

この輝きは闇に喩(たと)えられる衆生の無知を打ち砕き、衆生と仏のあらゆる世界を輝きで包み込みます。

山川草木すべてを金色にする働きがあるとされています。

また別のお経では自ら光を発すると、帝釈天や梵天などあらゆる神々や人々も直視することができないほどの威光がありますので、全世界の生き物はみなこの威光に従うとされています。

また別のお経では、すべての如来がこの輝きを獲得し、あらゆる仏があらゆる衆生に光明を注ぎ、衆生の無知の闇をやぶるとされているようです。

合掌

 

 

 

kongoukai 13-2