香合が完成しました。
最後の漆が固まり、手で触っても固まっていることが確認できましたので最後に椿油と仕上げの砥の粉で磨き上げて完成です。
それから、中に板状のお香を入れて撮影してみました。
音源元 クラシック名曲サウンドライブラリー
http://classical-sound.seesaa.net/
袱紗の上に置いてみました。
香合の制作工程をブログや動画で紹介し、香合も6月のお茶会にも間に合い、ひと段落つきました。
金剛幢菩薩(インドの古い言葉Vajraketu ヴァジュラケート)
この菩薩さまは金剛幢菩薩(こんごうどうぼさつ)です。
両手には如意幢を持ちます。
宝生如来の円内のグループで西側、彫刻では上側に佇んでいます。
宝生如来の施与の働きをあらわしています。
宝生如来が右手を与願の印にしていますが、その本誓をこの尊は如意幢幡で象徴しています。
この如意幢幡とは、芋頭に如意宝珠を載せて幢幡を吹き流したものであるようです。
また地蔵菩薩と同体とされていて、胎蔵界曼荼羅の地蔵菩薩もこの尊と同じ如意幢幡を左手に持っています。
供養会の真言ではサンスクリットでチンターマニドヴァジャといいますがこのドヴァジャが幢幡という意味であるようです。
しかしサンスクリットはヴァジュラケートのケートです。
ドバジャとは種々の色のついた布で飾った旗を指していてケートもほぼ同じ意味として使われているようですが更に目印を加えたものであるようです。
目印とは亀・龍・鳥・獣などを目印にしたようなものですがドバジャとケートは意味が似通っているので通用された名称であるようです。
合掌
金剛光菩薩 (インドの古い言葉 Vajrateja ヴァジュラテージャ)
今回ご紹介する菩薩さまは金剛光菩薩(こんごうこうぼさつ)です。
左手は拳にして腿(もも)におきます。
右手には日輪を持ちます。。
宝生如来の円内のグループのうちの一尊で宝生如来の東側、彫刻では下の位置になります。
宝生如来が持つ宝珠の輝きを身体としますが、このことを手に持っている日輪で表現しています。
この輝きは闇に喩(たと)えられる衆生の無知を打ち砕き、衆生と仏のあらゆる世界を輝きで包み込みます。
山川草木すべてを金色にする働きがあるとされています。
また別のお経では自ら光を発すると、帝釈天や梵天などあらゆる神々や人々も直視することができないほどの威光がありますので、全世界の生き物はみなこの威光に従うとされています。
また別のお経では、すべての如来がこの輝きを獲得し、あらゆる仏があらゆる衆生に光明を注ぎ、衆生の無知の闇をやぶるとされているようです。
合掌
音源提供元 クラシック名曲サウンドライブラリー
http://classical-sound.seesaa.net/
金継ぎの動画を作り始める3時間前まで、金継の動画を作ることをこれっぽっちも考えていなかった。
抹茶椀の金継ぎが仕上がり、金継ぎの工程をブログに書いているときにふと、作ってみようという気持ちになりました。
頭の中で動画のイメージがすぐに固まり、作りたくて仕方がなかった。
それは、みなさんに金継の工程を教えたいとか、そんな優しいものではなく、一つの動画作品として作りあげたいという衝動にかられました。
そうなったら真夜中の寝る時間であろうが、たとえ寝たとしても寝付けないので、一気に作り上げました。
この動画で使われている音源はクラシック音楽ですが、作曲家は著作権の切れた時代のショパン、リスト、ラフマニノフなどを中心に聞きながら動画を編集していました。
最後に選んだのがバッハのG線上のアリアです。
動画と合わせて聞いてみるとこの曲が私の中でバランスがとれた曲のように感じました。
曲が決まれば、曲の演奏時間に合わせて、動画を無造作に放り込み順番を決め、文字を打つ。
今回は思ったようにことが運びました。
曲が決まり、音源提供元であるクラシック名曲サウンドライブラリーに問い合わせてみると早速お返事がありました。
著作権の問題はなくご使用くださいと、細かい内容を省きましたが、大変丁寧な文章でメールが返ってきました。
この方が仏像や仏教に興味があり、またお部屋にも観音様を祀られていらっしゃるようで、私は少し親近感を覚えました。
この場をお借りして音源を使用させていただくことに対してお礼をお伝えします。
ありがとうございました。
黒い漆が研ぎだしても下の木地が見えない状態までの段階に来ましたら、次に顔料の入っていない漆液を綿棒などで少しすくい、全体に薄く塗っていきます。
前回の黒漆がかたまりましたので、二回目の研ぎだしです。
下の状態が研ぎ出し前の状態ですが、作業を進めるにあたり研ぎすぎて下の木地が出てこないように慎重に研ぎます。
上の画像は研ぎだす前のつやがある状態です。
それを400番から800番のサンドペーパーで全体をまんべんなくつやをなくすように研ぎだしていきます。
研ぎ出したあとの状態ですが、研ぎ残しがあるところは、つやが残っています、つやの部分だけを研ぐ気持ちでさらに研いでいきます。
全体につやがなくなると、次の作業に勧めます。
綿棒を使って香合全体に薄く延ばしながら塗りこんでいきます。
漆を拭きとる専用の和紙を使ってふき取ります。
綿の布端を代用しても拭きとれます。
全体に漆がかかりました。
蓋にも同じように全体に漆をかけていきます。
この状態でしばらく置いておきます。
前回の漆が固まりましたのでもう一度研ぎ出しをしていきます。
次の研ぎ出しは、800番から1000番ぐらいのサンドぺ―パーを使います。
ですべての漆表面に凹凸がない状態が確認できましたら、最後に金の装飾を施します。
赤呂色漆という赤い弁柄という朱色(オレンジに近い赤)の顔料が入っている朱色の漆ですが、この色漆を使い上から傷の部分を塗ります。
筆は専門店でなくても大手おもちゃコーナーにあるプラモデルなど販売されているところにも極細の筆がおいてあります。
上から塗るときにできるだけ厚盛になる部分がないように薄く延ばすように塗ります。
すべて塗り終えましたら、半乾きの状態になるまでしばらく置いておきます。
だいたいこの時期は3時間ぐらい置きましたが、気温や湿度の状態で置いておく時間帯が変わってきます。
半乾きの状態になりましたら、今度は金粉を用意します。
柔らかい筆を使い筆先で金粉をすくい取って漆の上に振りかけていきます。
別の写真ですが、真綿を使いふき取っていきます。
はみ出したところなどの補修を彫刻刀で整えています。
完成です。
錆漆を使って小さな隙間を埋めていきました。
その錆漆が固まりましたので、次の作業は砥石もしくはサンドペーパーで磨きます。
砥石やサンドペーパーのみでといでも、きれいに研げますが少し時間がかかります。
そのために、この固まった錆漆を砥石やサンドペーパーで研ぐ前に彫刻刀で少し削ります。
彫刻刀で削るとすぐに刃先が丸くなり、この後に木を削ることができなくなります。
彫刻刀を研げない人はやめといたほうが良いです。
次に砥石やサンドペーパーで研いでいきます。
サンドペーパーは耐水性のあるものを使い番手は400番から800番を使います。
サンドペーパーは数が少ないほうが、荒くなります。
逆に数が多いと、きめ細かくなります。
400番より荒いと、器に傷がつきます、400番ぐらいの数字なら器に気をつけて研げば傷はつきませんが、あまり強く押すと傷がつくこともあります。
できるだけ番手の細かい800番もしくはそれに近いぐらいの番手をつかい時間をかけて研ぎます。
研ぎ終わったときに、盛り上がったところがないように、器と漆部分がフラットになっているか確認してみます。
フラットになりましたら、次に進みます。
本呂漆という、黒い顔料が入った漆を使います。
本呂色が筆で塗れましたら、固まるまで何日か待ちます。
最低限投稿したい動画がアップロードできました。
これで、ようやく動画から解放され今からコンピュータから離れたいと思います。
離れるといってもブログのほうは、定期的に書いていきます。
ブログの中身もやりたいことが多すぎて、乱雑になりつつあります。
私のとりあえずやりたいことを先にして後から整理するという乱暴な作り方をして、読まれる方が非常にわかりにくいと感じられたかもしれません。
特に最近はブログに動画を使う方が増えてきて、とてもわかりやすいなと感じていました。。
日本の文化を動画で紹介しているサイトがいくつかありますが、とてもクオリティーが高い動画がアップされていて、見ていてとても楽しいものでした。
そんなふうに思いながらいろんな動画を見ていると、私も投稿してみたいなという気持ちがどんどんと高まっていきました。
私が動画を作るにあたり、気をつけていたことがありますが、それは説明をせずにイメージのみで理解してもらえるような動画を作りたかったのです。
しかしいざ作ってみると、一つの映像を作るのにとても時間がかかりすぎて、ここ最近は睡眠時間が足りていない状態です。
問題が発生したら、調べなおして改善していくという繰り返しの連続でした。
初めて動画を投稿したのが一か月前ですが、投稿し閲覧する一連の流れを確認するために最初はテスト動画と称し、見にくい動画をたくさん投稿してきましたが、mandaraの動画から金継の工程の動画は
私が最低限投稿したいと思っていました。
まだまだ改善の余地があるかと思いますが、今ではやりきった後の静寂のようにとても穏やかです。
この一か月は頭が動画の事でいっぱいになっていましたが、今はとても落ち着いています。
次回、動画を投稿するときは、何日かに分けて余裕を持って制作できたらと思います。
では、またブログでお会いしましょう。
現在、京都国立博物館で開催中の南山城の古寺巡礼展へ行ってきました。
今日は小雨が一日降り続くいていたにも関わらず、比較的たくさんの人が観に来てました。
ポスターの写真の像である重要文化財の十一面観音立像(禅定寺蔵)は286.3cmと大きくとても見ごたえがありました。
平安時代も末になると定朝さんの手により寄木造りの制法が普及し、体の厚みが少し薄くなり穏やかな和様といわれる日本の仏像が完成されます。
この十一面観音像は平安時代末10世紀末頃の彫刻だといわれておりますが、平安初期の胸板の厚いどっしりとした仏像の雰囲気を残した像です。
それは、ポスターからもうかがい知ることができましたが改めて実物を確認すると胸板の厚みも厚く堂々とした体躯で衣の衣文線(しわの線)の丁寧な彫りなど見ていて、ほれぼれとする出来栄えでした。
平安時代初期の彫刻の特徴の一つで全体の輪郭線だけを見た場合、肩のフォルムがいかり肩になっています。
平安初期の彫刻は肩の位置が少し高いのですが、この十一面観音の体はどっしりとしていますが肩はやや、なで肩になっています。
いわゆる定朝様といわれる形に近づいているように感じました。
画像で掲載することができないのはとても残念です。
今回の展覧会は平安時代頃の像が多く出品されていて、古い仏像が好きな方には、とても満足していただけるのではないかと思います。
最後に京都国立博物館の外観の写真を掲載しておきます。
ロダンの考える人が噴水の前にあります。
この像も、よく見てみると筋肉の肉付きや無駄な装飾を取り除いた表現方法など、改めてロダンの素晴らしさを再確認させてもらえます。