如来語菩薩・にょらいごぼさつ(梵名:Tathagatavaktraタターガタヴァクトラ)
身色 肌色
左手 宝形をのせた蓮華を持つ。
右手 掌を仰げて胸に当てる。
台座 赤い蓮華に坐す。
如来の説法は円かであり、その言葉を聞いた衆生は皆よく理解したといいます。
如来語菩薩尊は、如来の智慧から発した言葉の徳、すなわち如来が説法している口の徳を司ります。
三形の唇は如来の言葉を象徴し、宝形は仏の智慧が言葉として具現化し、思いのままに衆生に降り注ぐことを表しています。
合掌
この白玉の水鳥は後ろを向いて顔を体にくっつけている姿をしていて首の下に隙間が空いています。
この隙間は最後まで彫らずにきっちりと形が整ってから隙間を空けていきます。
羽の下線を描いていくと、厚みを残すところと、彫りだす箇所が明確になってきて、画像では表現しきれない微妙なオウトツがよくわかるようになります。
すると迷いがなく彫り進む事ができます。
最後に首の隙間を貫通させて仕上げにかかります。
今回は彫刻刀のみの仕上げで完成とします。
紙ヤスリなどを使って、表面をつるっとさせる仕上げ方もありますが、彫刻刀のみで仕上げます。
彫刻刀での仕上げだと削り後が若干残って木彫らしい仕上げになります。
香佛舎で制作行程をまとめました。
西洋などの豪華な石と言えばダイヤモンドなどきらきらと輝く石などが高級品として扱われていますが、日本でも、ヨーロッパなどで制作された宝石に魅了されている方々も多いと思います。
キラキラ輝く宝石に比べてアジアに目を向けると特に中国で産出される石の中でも白玉は、西洋で重宝されるような輝きを放ってはいませんが、どちらかというと鈍い光り方をしています。
しかし、この濁ったような石の質感ですが、身近でみると何とも言えない魅力を感じます。
中国では代々と玉(石)が珍重され、故宮博物館などでは国宝に指定されているものもあります。
今回、この水鳥の彫刻が施されている白玉(はくぎょく)を模して白檀に刻んでいきたいと思います。
白檀の彫刻をブログに載せるのは意外と今回が初めてで、彫刻している最中、一刀、一刀彫るにつれ新鮮な白檀の匂いが漂ってきます。
白檀にも彫りやすいものと少し彫りづらいものがありますが、赤くて濃い色ほど彫りやすく、薄くなってくると彫りにくくなり見た目も、濃い色の方が白檀らしい奇麗な色に仕上がります。
今回、彫刻をした白檀の木は前者の赤くて濃い色の部類に入る木です。
削ると削り屑がでますが、白檀や、香木と言われる貴重な木になると、この削り屑も捨てないで大事に取っておきます。
香りの成分の粉に使ったり、熱を加えて匂いを楽しんだりすることができます。
白檀は固い木です、それで上の様に荒彫りの段階でも一刀一刀の刻みの面積は小さなものになり、仕上げの様に小刻みに荒彫りをしていきます。
柔らかい木のような感覚で彫るととても固いですが、彫り方を変えて小さく小刻みに時間をかけて彫ると適度な力で彫り上げる事が出来ます。
続く
一髻羅刹・いちけいらせつ(梵名:Ekafataraksasa エーカジャターラークシヤサ)
身色 青黒色
髪 赤色
表情 忿怒形で轆轤の冠を戴き、眼は三つある。
手 四臂(四本の腕)
右の第一手に剣
右の第二手に鉞斧鉤
左の第一手に羂索
左の第二手に三鈷杵
尊名は「怒髪を一つに結髪する羅刹」という意味で、羅刹は、インドの神話では人を食べてしまうとまで恐れられた悪鬼、後に仏教の守護神になります。
『一髻尊陀羅尼経』には、観自在菩薩が無能勝三昧の境地にあるとき、頂よりでてきた化身とされます。
そして、観自在菩薩の働きを具現するために、諸々の悪魔・悪鬼・災厄を撃ち破る。
また、羅刹は人を食べると信じられていましたが、ここでは人の苦悩の原因の煩悩を撃ち破るためで、羂索は余すところなく衆生を救いとるための道具です。
合掌