二張の和傘 5 ―端渓硯―
三人でお話をしていると書道具についての話題になり
ました。
ご主人には書道具については並々ならぬ思いがあり、
私もレベルの差こそあれ よい硯を手に入れたいと考え
ておりましたので、中国硯についての見識を聞くこと
に なりました。
日本では、主に端渓の硯がもてはやされておりますが、
硯の材料である石が採 掘された端渓地方は深山幽谷と
形容される美しいこの場所で原石が掘り出されます。
様々な種類がありますが、中でも一定の範囲内で川の
底から掘り出した「水厳」 と称される石が最高級とさ
れております。
唐代から掘り起こされ、宋代では量産されるようにな
り、その時に日本にわたってきた ようであります。
およそ室町時代ぐらいでしょうか。
墨をする面の研ぎ面は鋒鋩(ホウボウ)と呼ばれ、石
の質で細かいものから荒いものまで ありますが中での
端渓はとても粒子が細かく、日本のかな文字を書くの
に 大変向いているとされています。
そんな中私は、ご主人から硯を見せていただきました。
それは明代の太子硯で、石は歙州硯(きゅうじゅうけ
ん)という石質です。
端渓ばかりに気を取られていたせいか、ほかの石質の
硯については無頓着でした。
太子硯は明の書官が記録をするために使われた硯で、
重さもずっしりとして、 広い硯面、そして歙州硯の特
徴として、鋒鋩の目が粗いので、墨が早くおりる 実用
的な硯です。
ラストエンペラーでおなじみの最後の皇帝、溥儀がで
てきますが、 それより以前は中国のものに対する強い
こだわり 芸術に対する奥行、幅の広さは、太刀打ちで
きるものではなくまた、日本人は賢く器用であること
は認めてはいましたが 簡単に世界一という風潮にはど
ちょっと言い過ぎではないだろうかと、思っておられ
る様子で、常に世界から見た日本はどのように 映って
いるのか、 外国人のリップサービスに調子に乗ってし
まわないか、そういったことに危惧されておりました。
つまり文化レベルの高い先進国においては、自分では
世界一など一切言わないということです。
日本の着物を着こなし諸道具に至っては尋常ではない
ほどのこだわりがあるにも関わらず 一度として自慢さ
れるのを私は聞いたことがなかった。
続く